港町・岩船。県北の基幹港と、岩船麩・岩船米
岩船港の沿革と、北前船のまちで生まれた岩船麩、岩船産コシヒカリ。まつりの港町の足元をたどる。
知るまつり 提供なし(自主取材)
写真は掲載許可の確認中
岩船大祭が営まれる岩船は、船が出入りしてきた港の町でもあります。新潟県の案内では、岩船港を県北の基幹港と位置づけています。まつりの舞台の足元にある、港の歩みと、このまちの味をたどります。
岩船港のこれまで
県の村上地域振興局がまとめる沿革では、岩船港の「初見」は、寛政9年(1797年)の「岩船町塩除築土絵図」の裏書だとされています。この年、村上藩が石川[いしかわ]河口に築土し、船の難破と、石川を逆流する汐を防ごうとしたときの記録です。文書に初めて出てくる年であって、港ができた年そのものではありません。県は、港の整備が船だけでなく農民にも欠かせない問題だった「ことがうかがえる」、と書いています。
明治に入っても港の機能は不備で、遭難により塩や米などの積荷が流失したり、荒天で汐が石川を逆流して農作物が被害を受けたりした、と県は続けます。一方で諸船の出入りは活発で、明治6年9月の入港実績は70隻。明治12年の諸営業人名取調書では、戸数615、船持115、魚類商50、魚売36などとあり、海産物は小国[おぐに]・米沢方面まで送られ、背後地域の玄関口だった、とのことです。
本格的な港湾整備は、大正4年に県議会の議決を得て、翌年5月から石川右岸に沿った防波堤の建設が始まりました。漂砂で港内が埋まり、昭和2年に工事を一時中止して調査。漂砂は北側沿岸から流入すると分かり、昭和7年から北防砂堤の建設と浚渫[しゅんせつ]で水深を保つ方針になった、と県は記しています。その後の施設建設も、漂砂対策を抜きには考えられなかった、との説明です。
平成に入ると、平成7年秋に水深7.5mの耐震構造岸壁、平成11年秋に水深5.5m岸壁が完成し、セメント・硫酸基地も稼働している、と県は書いています(掲載は2024年7月26日更新時点)。県の表現では「現在本港は、商・港として機能して」おり、粟島とのあいだにフェリー型船舶と高速船が就航し、粟島の生活や観光航路の拠点としても役割が大きい、と結ばれます。2026年時点の運航や基地の稼働状況は、ここでは未確認です。
港町とまつりのあいだ
観光協会のサイトに載る店の紹介文では、漁港として栄えてきた岩船が、かつては北前船の寄港地としての役割も持っていた、と紹介しています。県の沿革ページは「漁港」には触れず、「商・港」「県北の基幹港」と書きます。性格の言い方は、出典ごとに少し違います。
岩船大祭そのものの由来は、県の港沿革にはありません。市の案内では、祭礼巡行の途中の神事で海上安全・大漁満足などを祈願する、とあります。観光協会は、港町にふさわしい勇壮な祭礼、とも紹介しています。港の発展が祭りを豪華にした、といった因果は、出典に無いので書きません。
まつりの屋台やお船様は、先に公開した案内もあわせてどうぞ。
北前船のまちと、岩船麩
市の特産案内では、岩船麩はふっくらした丸型で、「丸ふ」ともいわれる、とあります。古くは北海道と京都を結ぶ北前船の寄港地である岩船で特産品として生産され、北海道へも出荷されていた、とのことです。いつから作られているか(起源の年)は、市・観光協会の案内にはありません。
観光協会のスポット案内も、北前船の寄港地だった頃の人的交流が生んだ特産物の一つが岩船麩だ、と書き、地元では「まんじゅう麩」「丸麩」などと呼ぶ、と紹介します。味噌汁や煮物に、と市は勧めています。食べ方や製法の細部、店名・価格・買える場所は、ここでは扱いません。
市のページ(2018年4月1日更新)では、当時「3店」が手作りで製造・販売している、とあります。いまの店の数や営業状況は未確認です。栄養や健康への効きめを保証する表現も、公的な案内としては使いません。
岩船産コシヒカリと「特A」
市が誇るブランドのひとつが「岩船米」です。ただし食味ランキングの評価対象として市が伝えるのは、「岩船産コシヒカリ」です。品種を広げた「岩船米全体」の評価、とは書いていません。
日本穀物検定協会の令和3年産米の食味ランキングで、岩船産コシヒカリは最高評価の「特A」を獲得した、と市は発表しています(市ページ更新日は2022年3月2日)。全国152の産地品種についての試験で、「2年ぶりの特A」だった、ともあります。令和3年より前に特Aだった年がいつかは、この市ページには書かれていません。
その後の評価を、協会が公表する令和7年産の一覧で見ると、「新潟・岩船・コシヒカリ」は令和5年産・令和6年産・令和7年産のいずれも「A」です(特Aではありません)。したがって、「岩船米は特A」と現在形では書きません。令和3年産で特A、令和5〜7年産はA、と年産を付けて並べます。令和4年産の結果は、今回の出典では未確認です。
港の岸壁と、麩と米。まつりの二日間だけでなく、岩船というまちの厚みを、少しだけ持ち帰ってもらえたらうれしいです。
つづく。次回は、町屋の屏風まつり。通り土間と茶の間を取り上げます。
出典
出典・開示
開示区分 提供なし(自主取材)
出典は、本文の最後の「出典」にまとめています。