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村上の大須戸能、黒川能の流れを汲む農村の能狂言

村上市の大須戸集落には、山形県鶴岡市の黒川能の流れを汲む能狂言が江戸時代後期から伝わっています。始まりの言い伝え、黒川能との違い、4月3日の定期能について、市のページをもとに紹介します。

知る 提供なし(自主取材)

仮の図です

村上市の大須戸(おおすど)集落には、住民が代々受け継いできた能があります。今回は、村上市のページをもとに大須戸能を紹介します。

黒川能の流れを汲む能狂言

市のページによると、大須戸能は山形県鶴岡市の黒川能の流れを汲み、江戸時代後期から大須戸集落に伝えられてきた民俗芸能です。謡(うたい)、舞、着付などには、中央の流派と違うところが見られるといいます。

昭和30年(1955年)2月9日、その希少性と熱心な取り組みが認められ、新潟県の無形民俗文化財(民俗芸能)に指定されました。平成11年(1999年)12月3日には、国の「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」にも選ばれています。

始まりの言い伝え

市のページでは、弘化元年(1844年)の冬、庄内の黒川能役者・蛸井甚助(たこいじんすけ)がこの地に逗留した際、庄屋や神主など村の人たちに式三番や黒川能の下座伝承曲15曲を教えたことが始まりと伝えられています。嘉永4年(1851年)以降は、鎮守の八坂神社の社殿で演じた記録も残っています。

嘉永5年(1852年)の古文書には、古くからの能装束が傷んで使えなくなったので奉納を願う、という内容があります。そのため、黒川能が伝わる前から何らかの形で能が行われていたとも考えられていますが、今の伝承は黒川能が伝わった後のものしか確認されていないと、市は書いています。

八坂神社の境内には、蛸井甚助が帰郷するときに残したといわれる「黒川や上に流れて花の郷」の句碑があります。

黒川能と似ているところ、違うところ

一語一語にナビキ(節回し)がつく謡や、笛方がほかの囃子方に対して直角の位置につくことなど、黒川能と共通する点が多いそうです。一方、黒川能が屋内で演じられるのに対し、大須戸能は初めから能舞台で演じられてきたため、謡・囃子・所作ともに黒川能より大きめです。

4月3日の定期能

市のページ(2022年)によると、毎年4月3日に大須戸八坂神社の能舞台で定期能が奉納されます。8月15日には薪能(たきぎのう)としても公開されていると書かれています。

市のページは令和4年の動画配信のお知らせで、その年は新型コロナ対策のため来場者を大須戸区の人に限っていました。見に行けるかどうかは、その年の案内を確かめてください。市のページでは、能「弓八幡」「箙」「小鍛冶」や狂言「膏薬煉」の動画も紹介されています。

出典

出典・開示

開示区分 提供なし(自主取材)

出典は、本文の最後の「出典」にまとめています。

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