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村上の武家住宅4棟をくらべる。まいづる公園の3棟と、玄関が妻側にある旧成田家

村上の城下には、重要文化財の若林家住宅のほかに、市が公開する武家住宅が4棟あります。まいづる公園の旧嵩岡家・旧岩間家・旧藤井家と新町の旧成田家の違いを、市と観光協会の案内から紹介します。

見る 提供なし(自主取材)

仮の図です

村上の城下町には、江戸時代の武士が暮らした武家住宅が今も残っています。国の重要文化財の若林家住宅のほかに、市が「市指定文化財武家住宅」として公開しているのが、旧嵩岡家・旧岩間家・旧藤井家・旧成田家の4棟です。

4棟とも村上の武家住宅ですが、建てられた時期や、その後の移り変わりはそれぞれ違います。この記事では、市と観光協会の案内をもとに、4棟の違いをくらべます。

まいづる公園に並ぶ3棟

旧嵩岡家・旧岩間家・旧藤井家の3棟は、まいづる公園にあります。観光協会の案内によると、まいづる公園はご成婚を記念した公園で、南東の方角に村上城跡(別名・舞鶴城)を望みます。観光協会は、この公園を村上藩士の生活文化を伝える歴史文化施設としても紹介しています。

旧嵩岡家住宅 中級武士の家を移築復原

観光協会の案内によると、旧嵩岡家住宅は直屋(すごや)・寄棟造りの住宅で、平成8(1996)年に今の場所へ移築復原されました。もとは新町にあった屋敷で、昭和62(1987)年に宅地造成で解体されることになった際、市の有形文化財に指定され、部材が保存されました。

玄関を入るとすぐに茶の間があり、隣に主人の接客と居室を兼ねた座敷があって、接客の場と暮らしの場がはっきり分かれていない間取りです。上屋の梁間が二間半あるため、隣の旧岩間家住宅とくらべると茅葺屋根が大きく見える、と案内されています。

嵩岡家は、江戸時代の分限帳などの記録から代々百石を給された家と考えられ、村上藩では中級の武士だったと紹介されています。

旧岩間家住宅 長屋から一戸建てに造り替えた家

旧岩間家住宅は、観光協会の案内では、建てられた当初は2棟続きの長屋形式の住宅でした。それを安政5(1858)年に、一戸建ての武家住宅に大きく造り替えています。

改造の時期が分かったのは、取り払った部材の跡を隠す「カブセ」という小さな部材の裏から、当時の大工が書いた墨書(ぼくしょ)が見つかったためです。

観光協会の案内では、武家住宅は基本的に藩の官舎で、長屋形式に住むのは下級武士、一戸建てに住むのは中級以上の武士だったと説明されています。旧岩間家住宅の改造は、身分で決まっていた家の形式そのものを変えるもので、こうした改造は、よほどのことがない限り行われなかったのではないかと考えられる、と案内されています。茅葺屋根の梁間が二間と小さく、背面に増築した下屋根が大きいことからも、長屋から造り替えたことがうかがえるそうです。

もとは今の飯野2丁目にあり、平成4(1992)年に市の文化財に指定されたあと解体され、平成7(1995)年に今の場所へ移築復原されました。

旧藤井家住宅 直屋の武家住宅で最も大きい家

旧藤井家住宅は、観光協会の案内によると、現存する直屋の武家住宅としては最も大きな住宅です。解体調査のときに嘉永3(1850)年の棟札が見つかっていて、梁に記された墨書からも、建てられたのはそのころと推定されています。

もとは内藤家の家臣・重野氏の屋敷で、重野氏は代々250石を給された中級上位の武士だったと紹介されています。明治35〜36(1902〜03)年頃に藤井氏の所有となり、産婦人科の医院として、診療所や病室、2階の産婆学校の教室などが増築されました。

平成7(1995)年に市へ寄付され、解体調査と保存工事を経て、平成10(1998)年に復原されて公開されています。名前は、寄付したときの持ち主の意思を尊重して「旧藤井家住宅」とされました。

新町の旧成田家住宅 玄関が妻側にある家

旧成田家住宅は、まいづる公園から離れた新町にあります。観光協会の案内によると、江戸時代には武家町に属し、村上城の本丸に通じる下渡門(げどもん)の近くで、中級の武士の住宅が多く集まっていた所です。

市と観光協会は、旧成田家住宅を「唯一玄関が妻側に位置する形態」の武家住宅と紹介しています。直屋・寄棟造・茅葺という村上の武家住宅らしい造りですが、残っている武家住宅のほとんどが平入りの玄関なのに対して、妻入りの玄関になっているのが大きな特徴です。

建てられた時期について、市と観光協会の案内では「幕末から明治にかけて」と推定されています。市の文化財等一覧の時代の欄では「江戸時代後期」とされています。平成8(1996)年に復原されたあと、一般に公開されています。

観光協会の案内では、江戸時代の武家住宅の建て方を受け継ぎながら、江戸時代末期から明治時代初期にかけて建て替えられた家だとする考え方も紹介されています。どんな武士が住んでいたかは、今のところ分かっていないそうです。

くらべて歩くなら

旧岩間家は長屋から一戸建てへ、旧藤井家は武家住宅から医院へ、旧成田家は玄関の向きと、それぞれ見どころが違います。屋根の大きさや玄関の位置を見くらべながら歩くと、違いが分かりやすくなります。

出かける前に、市や観光協会の最新の案内を確かめてください。

中級武士の家として国の重要文化財になっている若林家住宅は村上の歴史 第6回で、城下町の町並みは村上の城下町を歩くで紹介しています。

この記事は、2026年10月18日に確認した村上市と村上市観光協会のページをもとにしています。

出典

出典・開示

開示区分 提供なし(自主取材)

出典は、本文の最後の「出典」にまとめています。

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