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村上の九品仏をめぐる。城下に建てられた9体の石仏と、手の印のちがい

村上には、江戸時代の宝暦年間に内藤家の祖・信成の150回忌のころ建てられた九品仏が9体あります。寺の前や境内に立つ石仏の名前と、手の印で表される違いを観光協会の案内から紹介します。

見る 提供なし(自主取材)

仮の図です

村上の城下町を中心に、寺の前や境内、町の一角に、九品仏(くほんぶつ)と呼ばれる石仏が9体立っています。城下町めぐりの途中で一体ずつたずねることができます。

九品仏が建てられたわけ

観光協会のスポット案内によると、九品仏は宝暦8(1758)年頃から宝暦10年頃にかけて、城下の安寧と内藤信成の150回忌のため、城下の要所に建てられた石仏です。

観光協会の「江戸時代の村上 ~村上藩歴代藩主物語~」では、藩主・内藤信興の時代の出来事として、宝暦10(1760)年に内藤家の祖・信成の150回忌を光徳寺で行い、城下の安寧と家運隆盛を祈願して、城下の要衝地に九品仏を建立した、と書かれています。建てられた年は、スポット案内では「宝暦8年頃から宝暦10年頃にかけて」、藩主物語では宝暦10年の出来事として書かれています。

光徳寺は、観光協会の案内によると村上藩主の菩提寺で、三の丸にあります。院号の「法善」は信成の諡(おくりな)だと案内されています。

「九品」とは

観光協会の案内では、「九品」とは極楽浄土の九つの階級のことで、九品仏は浄土におられる阿弥陀様の姿だと説明されています。上品上生から下品下生までの違いは、手の印の結び方で表されています。

9体の名前を並べると、上品・中品・下品と、上生・中生・下生の組み合わせになっていて、それぞれの石仏に一つずつ当てられています。

9体の九品仏がある場所

観光協会のスポット案内に載っている9体は、次のとおりです。

  • 上品上生 善沢寺前(羽黒町)
  • 上品中生 満福寺前(羽黒町)
  • 上品下生 長楽寺前(羽黒町)
  • 中品上生 瀬波上町
  • 中品中生 肴町
  • 中品下生 十輪寺境内(大町)
  • 下品上生 安泰寺境内(塩町)
  • 下品中生 専念寺境内(庄内町)
  • 下品下生 上片町地蔵堂境内(上片町)

8体は観光協会の「城下町村上町屋エリア」に、瀬波上町の1体は「瀬波温泉・岩船港エリア」に入っています。

十輪寺について、観光協会は、参道に九品仏の一つの中品下生仏と閻魔堂がある、と紹介しています。羽黒町の3体は、善沢寺・満福寺・長楽寺の、それぞれ寺の前にあります。

寺町の成り立ちや町並みは村上の城下町を歩くで、内藤家が治めた村上藩の歩みは村上の歴史 第2回で紹介しています。

この記事は、2026年10月17日に確認した村上市観光協会のページをもとにしています。

出典

出典・開示

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出典は、本文の最後の「出典」にまとめています。

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