村上大祭 第1回。旧城下を巡る屋台行事、ユネスコ無形文化遺産へ
西奈彌羽黒神社の例大祭・村上大祭。19基の屋台が旧城下を巡る「村上祭の屋台行事」は、2025年にユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」へ加わった。
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夏の村上で、通りが舞台になる祭りがあります。西奈彌[せなみ]羽黒神社の例大祭として親しまれる村上大祭は、神輿の巡行に合わせて屋台が旧城下を巡る祭りです。国の指定やユネスコ登録での名称は「村上祭の屋台行事」です。2025年12月、すでに登録されていたユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」への追加が決まりました。
いつ、なにが行われるか
毎年、7月6日が宵祭、7日が本祭です。旧村上城下の総鎮守・西奈彌羽黒神社の例大祭で、神輿の巡行に合わせて19基の屋台、14騎の荒馬、4基の笠鉾などが旧城下を巡行する、と文化庁は解説しています。
文化庁の説明では、6日の宵祭は各町が屋台や笠鉾を組み立て、自町内を巡行します。7日の本祭は、早朝に各町の屋台・荒馬・笠鉾が神社前に集まったあと、順に旧城下を夕方まで巡行。夕方に神輿が還御すると、屋台は提灯を灯して賑々しく帰町します。
市の見どころ紹介では、7日午前0時に太鼓が祭礼の始まりを告げ、午前5時ごろ神社前に19台が集合し、午前8時の花火を合図に御神霊を載せた神輿が出発する、と書かれています。屋台には彫刻や漆塗り(堆朱・堆黒)が施され、各町自慢の「乗せ物」にはからくり仕掛けのものもある、とのことです。掲載時点の案内です。
ユネスコ無形文化遺産へ
「村上祭の屋台行事」は、平成30(2018)年3月8日に国の重要無形民俗文化財に指定されました。保護団体は村上まつり保存会です。
2025年12月11日、ユネスコ無形文化遺産保護条約の第20回政府間委員会で、2016年登録の「山・鉾・屋台行事」(京都祇園祭の山鉾行事など国指定重要無形民俗文化財で構成)の拡張提案が「記載」と決議され、村上祭の屋台行事を含む4件が追加されました。県・市・文化庁の発表は、いずれも「山・鉾・屋台行事」への追加として伝えています。無形文化遺産であり、建造物などの世界遺産とは別の枠組みです。
市は、県下三大祭りの一つに数えられる、とも紹介しています。
始まりと、屋台のかたち
始まりは、寛永10(1633)年の遷宮にまつわる話として伝えられています。市の由来では、時の藩主が神社を臥牛山の中腹から現在地へ遷座した際、大町の人たちが大八車に太鼓を積んで練り回したのが始まりと伝えられる、とあります。公式ホームページでは、村上城主・堀直竒[ほり-なおより]が羽黒神社を現在地へ移した際、大町の人たちがお城から大八車を借りて太鼓を叩いて練り歩いたのが起源とされる、と書いています。どちらも「伝えられる」「とされる」の形で残されている話です。
屋台は、新潟県下越地方によく見られる二層二輪の形式です。一層目に囃子方、二層目に「乗せ物」と呼ぶ人形類を乗せます。形態は「ニワカ屋台」「お囃子屋台」「シャギリ屋台」の3種がある、と文化庁は解説しています。
つづく。次回は、荒馬と笠鉾を取り上げます。
出典
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