村上の歴史 第14回。瀬波温泉、石油試掘から生まれた熱の湯
村上市の瀬波温泉は、明治37年の石油試掘中にお湯が湧いたのが始まりと市が紹介します。日本海の夕日、噴湯公園、与謝野晶子の歌碑など、湯と海が近い温泉街の歩みをたどります。
見る歴史 提供なし(自主取材)
第13回では、イヨボヤ会館の観察窓と産卵の話をたどりました。今回は、日本海に面した瀬波温泉の成り立ちと、湯の周辺に残る見どころを取り上げます。料金・予約・連絡先はこの記事では書きません。泉質や効能は、この記事の出典に記載がないため触れません。
石油の試掘から、湯が湧いた
市によると、瀬波温泉は明治37年に石油の試掘中にお湯が沸き出したのが始まりで、県内でも豊富な湧出量を誇る、と紹介されています。観光協会の案内も、1904(明治37)年、石油掘削中に熱湯が噴出したのがはじまりだ、と書いています。市は「試掘」、観光協会は「掘削」と表記が少し違いますが、いずれも明治37年・石油を探す作業の途中で湯が出た、という点では一致しています。
観光協会には、その前夜にお狐様がコンコンと鳴き、温泉の噴出を知らせたという話が残されている、ともあります。観光協会は「話が残されています」と紹介していて、記録での裏づけは示していません。
観光協会は、豊富な湯量と源泉の熱さから、別名・熱の湯ともいわれる、と書いています。源泉の温度は、観光協会のページ同士でも数字が食い違うため、この記事では温度は書きません。
与謝野晶子が詠んだ、逆しまに飛ぶ瀧
観光協会によると、日本海に面したロケーションから、1937(昭和12)年2月に瀬波温泉を訪れた歌人・与謝野晶子[よさの あきこ]は、「温泉は いみじき瀧のいきほいを 天に示して 逆しまに飛ぶ」をはじめとした45首の歌を詠んだ、と紹介されています。噴湯公園にある与謝野晶子の碑は、市は「石碑」、観光協会は「歌碑」と書いています。
市は、この温泉の魅力として、日本海に沈む夕日を眺めながらゆったりお湯につかること、近くに海水浴場があること、冬は海の幸と地酒、雪見酒の情緒を挙げています。夏・冬の雰囲気の描写は市の紹介文に沿い、宿泊や食事の店名は出しません。
噴湯公園と、湯ったか広場
市によると、源泉やぐらを中心に噴湯公園が広がっています。見どころとして、温泉たまご、歴史ある伊夜日子神社、与謝野晶子の石碑、奥の院の「龍神の鐘」が挙げられています。観光協会のスポット案内でも、明治37(1904)年に温泉が噴出した源泉井戸がある公園で、周辺に伊夜日子神社や竜神の碑、与謝野晶子の歌碑などがある、と書かれています。源泉脇では温泉卵をつくれる、というのが観光協会の案内ですが、作り方の細部や所要時間は季節などで変わるため、ここでは手順を断定しません。
市は、瀬波温泉ポケットパーク「湯ったか広場」で、源泉をそのまま引き込んだ足湯・手湯が楽しめる、と紹介しています。瀬波温泉海水浴場は、温泉街から歩いていける波穏やかな海水浴場で、環境省指定の快水浴場百選に選定されている、というのが市の記述で、これは掲載時点の案内です。恋人の聖地モニュメントや周辺散策の「てくてくマップ」も市が案内していますが、配布場所や開館時間はこの記事では書きません。
参照した市のページは2018年4月1日更新、観光協会の歴史のページは2017年3月10日の掲載で、噴湯公園のページには日付の表示がありません。
つづく。次回は、昭和と平成の市町村合併でいまの村上市ができた話を取り上げます。
出典
出典・開示
開示区分 提供なし(自主取材)
出典は、本文の最後の「出典」にまとめています。
シリーズの記事 村上の歴史
- 村上の歴史 第1回。国史跡・村上城跡、お城山に残る戦国と江戸
- 村上の歴史 第2回。村上藩、堀氏から内藤氏へ続く城下の歩み
- 村上の歴史 第3回。戊辰戦争と村上城下、戦火を逃れた町並み
- 村上の歴史 第4回。本庄繁長と永禄の籠城戦、地利無双の城地
- 村上の歴史 第5回。平林城跡と色部氏、中世の山城と居館
- 村上の歴史 第6回。重要文化財・若林家住宅、村上藩の中級武家屋敷
- 村上の歴史 第7回。北前船寄港地と日本遺産、村上の港町
- 村上の歴史 第8回。岩船港の沿革、県北の基幹港の歩み
- 村上の歴史 第9回。奥三面ダムと旧三面集落、あさひ湖のふるさと
- 村上の歴史 第10回。奥三面遺跡群と縄文の里・朝日
- 村上の歴史 第11回。漆山神社と漆
- 村上の歴史 第12回。青砥武平治と種川の制
- 村上の歴史 第13回。イヨボヤ会館、観察窓と産卵
- 村上の歴史 第14回。瀬波温泉、石油試掘から生まれた熱の湯いま読んでいる記事